やっかいな(?)『早春賦』の発売時期がわかれば、五月なみのその他のビデオ・写真集(『ときめきNAMI気道』)の撮影時期はおのずと特定される。
それらに映る情景から、ビデオの撮影時期が夏であることは間違いないだろう。
また、10月にビデオ『乙女の詩』が発売されているのだから、その制作期間(約1か月)を差し引けば8月以前の撮影であることがわかる。
となれば、2本のビデオの撮影は1986年の7〜8月頃としていいだろうし、それぞれの撮影時期は次のようだと考えられる。
1986年7〜8月
ビデオ『乙女の詩』
ビデオ『ときめきの詩』
写真集『ときめきNAMI気道』撮影
*『ときめきの詩』と同時撮影
1986年12月〜1987年1月
写真集『早春賦』撮影
これはつまり、夏休み・冬休みに撮影が当てられたということだろう。
前回の考察で、 koさんから、ビデオ『乙女の詩』に登場する東武鉄道の電車について以下のようなコメントをいただいた。
>「乙女の詩」だと東武の快速で出かけているシーンが
>ありますよね(東武6050系)確かこの車両って
>1985年更新開始だったりするのでこれだけでも
>1985年以降の撮影だと言い切れますね・・・
そこで、ビデオ『乙女の詩』の画面キャプチャを何点かアップしてみよう(右図7点)。
*ついでながら、写っている駅の時計から、この駅の改札を通過した時間が午後4時27分頃だとわかる(*クリックで拡大)。
この東武6050系電車の登場はWikipediaによると1985年10月。
当然、ビデオの撮影はそれ以降ということになる。
もちろん、前述したように最初の撮影は1986年の7月頃と推定できることから、これで何の問題もないのだが―。
実は当初、私は五月なみの最初の撮影は「1985年ではないか」と考えてた。
2本のビデオと写真集『ときめきNAMI気道』は、1985年8月頃に撮影され1年以上“寝かされて”翌86年に発売されたのではないか、と考えていたのだ。
そうであれば、『早春賦』が1986年6月発売、というアリクラの記述も納得できる、と、そんな推察もしていた。
ではこの推察が何に基づいたものかと言うと、それはあるカットに写った時計の日付にある。
当該カットは『ときめきNAMI気道』『MEMORIAL PHOTOGRAPHS 五月なみ14歳 レディっ子シリーズVOL.1』(以下『レディっ子シリーズVOL.1』とする)に掲載されている。
それは五月なみがセーラー服の前をはだけベッドに横たわるカットだが、その枕元にカレンダー付の時計が置かれていて、それに時間・日付が写り込んでいるのだ(右図モノクロ写真上)。
もっとも時間・日付が確認できるのは『ときめきNAMI気道』の見開きページのモノクロカット1点だけで、それもわかりにくくするためか裏焼き(反転)されての掲載だが。
試しに反転し拡大、そして強調処理してみよう(右図モノクロ写真下)。
…こうしてみると、日にちは21日と読めるが、どうもその下の部分はわざとぼかされているようで、これでは日にちしかわからない。
しかし、このカットを補足する資料があった。
五月なみの出演作は以下にまとめた通りだが、これ以外にも雑誌のパブリシティ、特集グラビア、“埋め草”グラビア、そして一部の書店で販売されていた“生写真”が存在した。
この“生写真”に、この部分がハッキリ売っているものがあったのである(この生写真については後述)。
こちらは反転する必要はないが、同様に拡大&強調処理をしてみた(右図)。
これを見ると、どうやら21日の水曜日であることがわかる。
その下の部分はどうにも読み取れないが…。
そこで1985〜6年のカレンダーを参照すると、1985年8月21日が水曜日となる。
85年には他に21日が水曜になる日はない。
したがって五月なみの撮影(2本のビデオ撮影のいずれか)は、1985年8月だったんじゃないか、と考えたわけである。
が、しかし―。
これでは、前述した通り1985年10月運用開始の東武6050系電車に乗って撮影に行くことはできない。
2本のビデオの撮影はほぼ同時期だと考えられるから、したがって“1985年8月撮影説”は瓦解することになる。
では1986年に21日が水曜になる日はあるのか、というと―。
この年も該当するのは1日だけ。
1986年5月21日である。
しかし…、
5月では2本のビデオを撮影した(と思われる)7〜8月とは状況が合致しない。
もちろん、ビデオ『ときめきの詩』の撮影地・八丈島は、年間平均気温が18℃という常春の島であり、5月でも夏らしく撮影することは可能だろう。
しかし、日光あたりで撮影されたと思われるもう1本のビデオ『乙女の詩』は5月ではないだろう。
これが「水」ではなく「木」なら、つまり21日木曜日なら、1986年8月21日が該当するのだが…。
それに、この時計のあるベッドで撮影されたのは、これら2本のビデオの撮影時ではないようだ。
というのも、こんなカットがあるからである(右図)。
これは見てのとおり夏用のセーラー服を着、椅子でポーズを取っているカットだが、この椅子をよく見てほしい(このカットは『レディっ子シリーズVOL.1』に掲載されたものだが、裏焼き状態で掲載されているのでこれが正しい表示)。
座面のカバーが焼けたか破れたか、いずれにせよかなり大きく破損している。
こんな椅子を旅館やホテルが客用として出しておくだろうか。
この一連のカットは、『ときめきNAMI気道』『レディっ子シリーズVOL.1』に数点あるが、いずれもストロボを直に当てた撮影のため、背景は暗く落とし込まれていて判然としない。
だが、このような椅子から想像されるのはどこかのスタジオか事務所といった場所だ。
けれどもこのカットが先のベッドのカットと何の関係があるのか。
それは、五月なみの頬にある“擦り傷”である。
このカット、五月なみの顔をよく見ると、右の頬に横に一本、擦り傷のようなものが見て取れる。
そして先ほどの時計のカットにもこの擦り傷が見られる。
再度見ていただきたい(右図)。
そこで、この頬に擦り傷があるカットを探してみると、八丈島や日光のカットには(頬の傷が)見当たらないのだ。
頬に傷があるカットは、次の通り。
そして、この5種類のカットがどこに使われているかは次の通り。
となると、これら頬に傷のある5種類のカットは、すべて同じ日に撮影されたものとしてよいだろう。
そしてこれらの撮影日は1986年5月21日水曜日。
もちろんこれは「この時計は正確だ」という前提での仮説だから、時計がいい加減な設定であれば1986年5月21日水曜日という推定は瓦解する。
しかし、そうであっても頬の傷から
1)これらが同一日に撮影されたものであること
2)2本のビデオとは異なる日に撮影されたこと
3)撮影者が尾坂光義氏であること
この3点は事実として揺らがない。
ということは、尾坂氏による五月なみの撮影は、2回ではなく3回(もしくはそれ以上)あったということである。
次回は、この3回目の撮影が持つ意味を考えてみたい。
[ビデオ ]
『乙女の詩』(監督/尾坂光義 撮影地・栃木〈鬼怒川温泉周辺〉)
『ときめきの詩』(監督/尾坂光義 撮影地・八丈島)
『乙女の色』(監督/尾坂光義 再編集版*『ときめきの詩』と『乙女の詩』をまとめたもの)
『風の輪舞(ロンド)』( 監督/尾坂光義 再編集版*内容は上と同じ)
『妖精伝説 Dream6 さゆり14歳」』( 監督/尾坂光義 再編集版?)
[写真集]
『ときめきNAMI気道』(撮影/尾坂光義 さーくる社刊)
『きらめき なみだ白書』(撮影/尾坂光義 さーくる社刊*上記本の再版本)
『早春賦 五月なみ14歳写真集』(撮影/高桑常寿 白夜書房刊)
『MEMORIAL PHOTOGRAPHS 五月なみ14歳 レディっ子シリーズVOL.1』(撮影/尾坂光義 さーくる社)